外国人の友人は名前をちゃんと呼ばれただけで嬉しそう

外国人の友人と話している時に、ふと話題になったことの1つに名前があります。
その友人がいうには、自分の名前を日本人はちゃんと発音できないのだそうです。その友人は、日本に来てから2年以上も過ぎていて、日本語もある程度理解できる人だったので、それを聞いた時は少しびっくりしてしまいました。ですが、確かに、彼の出身はロシアで、ロシア語の発音を知らない限り正確な発音で名前をいうことは難しい名前でした。
私は、残念そうに話す彼に見かねて、ちゃんと彼の名前を発音してあげようと思い、彼に正しい発音について質問してみました。すると、彼の表情はちょっと明るくなり、私に発音の仕方を教えてもらいました。
教えてもらいながら気づいたことは、発音の仕方を音で伝えてもらった時と、カタカナで教えてもらった時では、わずかな違いがあることでした。カタカナでロシア語の発音を完璧に表現できないことを考えれば当然なのですが、彼の名前を音で教えてもらうことで改めてそのことに気づかされました。カタカナで、無理に英語や外国語を表現しようとすることも、間違った発音を覚えることにもつながっているとも考えられました。
苗字も含めて教えてもらい、かろうじて彼の名前を発音できるようになるまでには、20分くらいは過ぎていました。彼はロシア語の先生のようになっていて、私はその生徒のようになっていました。そして、彼の名前をうまく発音できた時は、それだけで達成感のようなものを感じることができました。
彼の名前をうまく発音できるようになると、彼はすごく嬉しそうな表情をするので、ちゃんとは名前を呼ぶことの効果を感じます。振り返ってみれば、私自身も、外国人の人に自分の名前を呼ばれた時は、とても嬉しくなったことが思い出されました。日本人には、日本人の名前は、発音も簡単で、覚えるのも簡単でしょう。でも、海外の人の名前であれば、発音することも覚えることも難しく感じることがあります。だからこそ、ちゃんと名前を呼んでもらえた時は、ネイティブの人に呼んでもらった時とは違った嬉しさがあるのだと思います。脚やせ

外国人の友人は名前をちゃんと呼ばれただけで嬉しそう